40代になってから、
時々思うことがあります。
なんで、わざわざ苦しい方を選ぶんだろう。
仕事でも、
人間関係でも、
家族との関係でも。
本当はしんどい。
本当はもうやめたい。
本当は一緒にいると疲れる。
それでも、
「大人なんだから」
「母親なんだから」
「妻なんだから」
「これくらい我慢するものだから」
と、
自分をそちら側に合わせにいく。
特に真面目な人ほど、
世の中が「これが正解」としている方に
自分を寄せようとすることがあるように感じます。
「良き妻」「良き母」でいようとしすぎていない?
妻になったら、
こうした方がいい。
母親になったら、
こうあるべき。
家族のためなら、
自分のことは後回し。
そんな価値観は、
今もどこかに残っていると思います。
世間のデフォルトは、思っている以上に強い
自分では自由に選んでいるつもりでも、
「普通はこうするよね」
という基準に
引っ張られていることがあります。
家族を優先する。
嫌なことがあっても我慢する。
人間関係は壊さない方がいい。
仕事は簡単に辞めない方がいい。
もちろん、
それを自分で選んでいるなら
何も問題はありません。
でも、
本当は嫌なのに、
「そうするものだから」で選んでいるなら、
一度立ち止まってもいいと思うんです。
母親世代から受け継いでいる価値観もあるかもしれない
私たちより上の世代では、
「家族のために」
という価値観が
今以上に強かった時代もあると思います。
だから、
親から言われた言葉が
今も自分の中に残っている人もいるかもしれません。
もちろん、
これは人それぞれです。
親世代が悪いという話でもありません。
ただ、
自分が今そうしたいから選んでいるのか。
それとも、
誰かの価値観を
そのまま持ち続けているのか。
そこは分けて考えていいと思います。
私も昔は「頑張っている人が偉い」と思っていた
私はもともと、
かなり真面目なタイプです。
「苦しい方が正しい」
とは思っていなかったけれど、
頑張っている人が偉い
という感覚は、
結構持っていたと思います。
「ちゃんとやってよ」と思うタイプだった
自分が頑張っている分、
自分の基準で
「この人、頑張ってないな」
と思う人を見ると、
「ちゃんとやってよ!」
と思っていました。
小学生の頃で言えば、
掃除をしていない男子を見つけて、
「先生ー!○○くんが掃除してませーん!」
って言うタイプ(笑)。
今思うと、
自分が頑張っているから、
周りにも同じことを求めていた
んだと思います。
今は「それ、私に関係ある?」と思う
今は全然違います。
その人が掃除をしていないことで、
私が何か被害を受けるのか。
受けないなら、
別にいい。
人間関係でも同じです。
昔は、
「その考え方は違うんじゃない?」
「こうした方がいいんじゃない?」
と、
合わない人まで
どうにかしようとしていた気がします。
今は、
合わない人を、
いちいち教育しようとしない。
私に実害がないなら、
関わらない。
それでいいと思っています。
合わない人から離れるのは、逃げることなのか
「嫌なら離れればいい」
と言うと、
「それって逃げじゃない?」
と思う人もいるかもしれません。
でも私は今、
全くそう思いません。
そもそも、
何から逃げているんだろう?
と思います。
人生を楽しく過ごしたいだけ
私は、
毎日自分が
「今日も幸せだったな」
と思える一日を過ごしたい。
だから、
会うたびにテンションが下がる人と
無理して一緒にいる必要はないと思っています。
その人を嫌いになる必要もない。
悪者にする必要もない。
ただ、
自分が幸せだと感じる一日を過ごすために、
少し距離を取る。
それだけです。
「離れた方がいい」と今すぐ決めなくてもいい
もちろん、
今の自分が
「それでもこの人とは仲良くしたい」
と思っているなら、
それでいいと思います。
無理をしてでも
関係を続けたいと思っている時は、
その時の自分にとっては
それが正解なのかもしれません。
そして後になって、
「やっぱり離れた方がよかったな」
と思ったら、
その時に離れればいい。
大事なのは、
その時々で自分が選んでいること。
だと思っています。
しんどいことと、苦しいことは違う
私は、
しんどいことを
全部やめた方がいいとは思っていません。
やりたいことの中にも、
しんどいことはあります。
やりたいことだって、しんどい時はある
好きな仕事でも、
疲れることはあります。
挑戦すれば、
うまくいかないこともあります。
好きなことでも、
努力が必要なことはある。
でも、
「しんどい」と「苦しい」は
少し違うと思っています。
苦しい時は、本当はやりたくないのかもしれない
私にとって苦しいというのは、
本当はしたくないことを、
ずっと自分にやらせている状態。
やりたくない。
一緒にいたくない。
もう続けたくない。
でも、
「こうするべきだから」
と自分を押し込めている。
それが長く続くから、
苦しくなるんじゃないかなと思います。
「もう40代だから」と、私は何も諦めていない
40代になると、
「もう40代だから」
という言葉を
聞くことがあります。
でも私は、
40代だからといって
何かを諦めている感覚がありません。
年齢を理由に、可能性を閉じなくていい
仕事もしたい。
家族との時間も大切にしたい。
好きなこともしたい。
きれいでいたい。
新しいことも始めたい。
全部、
年齢を理由に諦める必要はないと思っています。
ただ、
40代になったからこそ、
無駄に苦しむことは減らしていい。
とは思います。
40年以上生きてきたからこそ、もう分かることもある
40年以上生きてきたら、
合う人も、
合わない人も、
楽しいことも、
苦しいことも、
ある程度経験しています。
世の中のルールも
何となく分かっています。
それでもなお、
「私はこれは選ばない」
と決める。
それはわがままではなく、
これまで生きてきた経験を使って、
自分の人生を選んでいる
ということなんじゃないでしょうか。
「楽かどうか」ではなく、「楽しいかどうか」
私は、
「もっと楽に生きよう」
という言葉には、
少し違和感があります。
楽なことだけを選びたいわけではありません。
好きなことなら、
大変でもやりたい。
しんどくても、
挑戦したいこともあります。
だから私が大切にしたいのは、
楽かどうかではなく、
楽しいかどうか。
楽しいから、しんどくてもやれる
楽しいことは、
簡単なこととは限りません。
むしろ、
夢中になればなるほど、
大変なこともあります。
でも、
「私はこれをやりたい」
と思えているなら、
そのしんどさは
自分で選んだものです。
それなら、
私は全然いいと思っています。
自分の一日を、自分で楽しくする
誰と会うのか。
何に時間を使うのか。
何を頑張るのか。
何をやめるのか。
全部を自由にできるわけではないけれど、
思っている以上に、
自分で選べることはあります。
だから、
「普通はこうだから」
ではなく、
私は今日をどう過ごしたら楽しいだろう。
という視点を、
もう少し持ってもいいと思います。
40代を、わざわざ苦しんで生きなくてもいい
私たちはもう、
十分いろいろなことを経験してきました。
人に合わせることも、
我慢することも、
頑張ることも、
ちゃんとすることも。
できないから
やめるのではありません。
分かった上で、
もうこれは選ばなくていいかな
と思うものを
手放していけばいい。
そして、
楽な方ではなく、
自分が楽しいと思える方を選ぶ。
40代だからこそ、
そんなふうに
自分の人生を選んでいってもいいんじゃないかなと思っています。
よくある質問
40代になって「自分らしく生きたい」と思うのはわがままでしょうか?
わがままだとは思いません。
40代まで生きてきたからこそ、
自分に合うものや合わないものが分かってくることもあります。周りへの配慮を全部やめるのではなく、
その中で自分が何を選びたいのかを考えること
は、大切だと思います。
合わない人と距離を取るのは逃げですか?
私は、必ずしも逃げだとは思いません。
自分が毎日を心地よく過ごすために、
人との距離を調整することもひとつの選択です。相手を否定したり、
嫌いになったりする必要もありません。しんどいことは全部やめた方がいいですか?
そうではありません。
自分がやりたいことの中にも、
しんどいことや努力が必要なことはあります。大切なのは、
そのしんどさを自分で選んでいるのか、
本当は嫌なのに我慢して続けているのかを見分けることだと思います。
「楽をすること」と「楽しく生きること」は違いますか?
私は違うと思っています。
楽なことだけを選ぶというより、
大変でも
「私はこれをやりたい」と思えるものを選ぶ。私が大切にしているのは、
楽かどうかではなく、楽しいかどうか
という視点です。
周りの目が気になって、自分の選択ができません。どうしたらいいですか?
すぐに気にしなくなる必要はありません。
今は周りに合わせたいと思うなら、
それもその時の自分の選択です。ただ、
「私は本当はどうしたい?」
と自分に聞く習慣を持っておく。
その答えが変わった時に、
選び直せばいいと思います。
